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東京工業大学 学長 三島良直

2017-07-01

2016年、二人の天才が世間の注目を集めた。一人は、東京工業大学栄誉教授の大隅良典氏。「オートファジー(自食作用)の仕組み解明」により、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。片や東工大出身の若きエンジニア野村達雄氏。あの『ポケモンGO』の開発リーダーである。いずれの成功も、東工大の“いま”を映す快挙となった。2016年はまた、東工大が約70年振りに大改革に乗り出した年でもある。掲げたのは「日本屈指ではなく、世界屈指の大学」。カリキュラムも研究機関も、大きく改編・改組された。1881年の創立以来、アカデミックかつインダストリアルを両輪に進化してきた東工大に、なにが起きているのか。英断を下した三島良直第19代学長に改革への軌跡を伺った。

text_Mayuko Kishiue,
photo_Toyohiro Zenita (OWL co.)

改革の主軸は、一貫性の構築と見える化により、学ぶ目的を明確にすること

工学界のサラブレッドである。祖父は著名な冶金学者、父親も原子力工学の研究者、自らも東工大で金属工学を専攻した。「研究者の家系なので、そのDNAはたしかに強かったでしょう。もし大学在学中に留学していなければ、研究者となり、従来の大学のシステムになんの疑問も持たずに研究一筋の人生を送っていたかもしれません」。

修士課程修了後、カリフォルニア大学バークレー校大学院に留学。キャンパスに充満するエネルギーにとにかく圧倒された。「学生に覇気がありましたね。自分の意見、主張を持ち、溌剌と仲間と議論を交わす様子が新鮮に映りました。先生方の教育にかける思いも熱い。あらゆる意味で目を開かされる思いがしたものです」。母校への改革への情熱はそのころ芽生え始めたという。「東工大の生徒は素直で真面目。言われたことをきちんとこなすので、就職先の企業からの評判もとてもいい。けれどもそこで満足してしまうのが玉に瑕。まだまだいい意味で欲を持ち、能動的になれるはず。今後、グローバルステージで、人種や国を越えて世界中の人々と互角にわたりあっていくためには、知性はもちろん、胆力とバイタリティが必要です。学ぶ方も教える方も、気概を持って学業に臨めるようなそんな環境づくりを目指したかった」。

学長就任後、改革スタートまでの4年間、ロードマップを実現するため、少しずつ布石を打った。まずはガバナンス体制づくり。学長指名で学院長などを決められる仕組みをつくり、指揮権を強化した。「先生方に繰り返し改革の意義を説明し、同じ方向を向いてもらわなければなりませんでしたから」。大学に籍を置く教授陣は、研究中心の生活を送りたいと思うのが本音だろう。長きに亘って、従来のカリキュラムで滞りなく回ってきたのだ。それをなぜ今さら変えなくてはいけないのか。各方面から向かい風を受けたことは、容易に想像できる。

「取り組む時間がない、労力に余裕がない、というご意見には誠意をもって対応しました。研究のしやすい環境は保証します。環境づくりはお約束しますからとにかくやってみましょうよ、と。先生方の手を煩わせる事務的なことは極力効率化し、バックオフィスを充実させました。彼らが気をもむ研究費取得のサポートにも注力しました。ただ基本的にはロジックな思考回路をお持ちなので、懇々と説得すれば皆さん、聞く耳はもってくれる。なぜ必要なのか、どう改善されるのか、その点をきちんと説明することが大切です」。

そして2016年4月。満を持して、70年ぶりに大改革はスタートした。具体的にそのレボリューションの3本柱を整理していこう。大学という機関は優秀な人材が集まれば集まるほど、象牙の塔を築きがちなもの。だからこそ、今回の改革では、教育においても研究機関においても、そこに風穴を開ける大胆なアプローチが必要となった。一貫性をもった風通しのいい環境づくりの構築。それが三島学長の目指した挑戦である。

「たとえば一学科のカリキュラムにおいて、どういう資料を使って、どういう講義が行われていて、どういう採点がなされているのか、誰もきちんと掌握しきれていなかった。なかなかその実態が見えてこない。もっと明確に可視化できないか。そこが改革における起点です」。こうして実現したのが、国内初となる「学院」の創設だった。学部と大学院を改組し、思い切って垣根を取り払った。「本学の学生は、9割がた大学院に進みます。入学時に大学院までの学問体系を継ぎ目なく段階的に見通せる筋道を作れないか。その解決策として改組を決断しました」。それにより、従来の学士課程3学部23学科、大学院課程6研究科45専攻・1専門職学位課程から6学院19系・1専門職学位課程への学院制度が誕生した。

さらに、各講義科目に100番台から600番台の通し番号を振り、若い番号から達成度の進行に合わせて取得できる体制に改編。類から系、系からコースへと、段階を踏んで学修するカリキュラムを整えた。「これにより、各学生の学ぶペースを尊重する、ある種の効率性が生まれることになります。専門科目の先取り受講が許容され、入学時から博士修了までを最短6年、修士修了までを4年に短縮することも可能になったのです」。東工大では前述の改組とあわせ、4学期制も採用。学内学生の海外留学を容易にし、海外からの留学生の受け入れ体制を整えた。

研究体制にも大きな変革がもたらされた。国内外の共同研究におけるハブ的存在となるよう、複数の研究機関を一つに集約、新たに『科学技術創成研究院』を設置した。同時に、学院と研究院間の障壁をなくし、モビリティを持たせた。

「見えづらかった各研究の進捗状況を把握し、目的をクリアにすることが狙いです。成果をあげつつある研究対象は何なのか、逆に停滞している研究があればその要因はどこにあるのか、東工大の研究の強み、弱みを明確にできてこそ、適材適所に研究費を有効配分できると考えました」。

興味深いのは新設された「研究ユニット」制である。2016年4月のスタートアップ時には、資金とポストとスペースが提供され、数学、物理学、生命理工学等に関わる10ユニットの小規模研究チームが立ち上がった。一般企業でいうところのいわゆる社内VBのような実験機関である。設置期間は5年間。外部資金獲得による継続か、研究所・研究センターへの進化を目指すのか、ユニット各々が自主運営への道筋をつけなければならない。

この新たな試みには、早々に追い風が吹いた。新編成された「細胞制御工学ユニット」のリーダーとなり研究を続けていた大隅良典栄誉教授へのノーベル生理学・医学賞受賞の報せである。「思いがけない朗報でした。大隅栄誉教授の受賞を機に、『細胞制御工学ユニット』を今年4月より『細胞制御工学研究センター』に進化させることができました。ピュアサイエンスを研究されている先生方にとっても励みになったと思います。基礎研究は、結果論として答えが導き出されるケースが多く、暗中模索しながら研究を進めるしかありません。そのため、なかなか研究費が集まらない。国からの交付金は減少しています。研究費をどう確保していくのかは、切実な課題。産学連携で企業からも資金を引き出しつつ、脆弱化が懸念される基礎研究分野をしっかりとバックアップしていくつもりです」。

一方、教育改革にも支柱が建てられた。『リベラルアーツ研究教育院』の創設である。「もはや単位取得のためのお飾り的な教養科目に意味はありません。何のために研究するのか。研究を通じて世界や社会にどう貢献していくのか。学びの本質を探るためのカリキュラムがぜひとも必要でした」。

同院には政治、哲学、文化、芸術など幅広い分野の教授陣54名が所属。カリキュラムは博士後期課程まで延長され、少人数制のグループワークを採り入れながら進んでいく。ファシリテーターとして参加する「リーダーシップアドバンス」も組み入れるなど、押しつけではなく、能動的な意欲を引き出せるような仕組みを構築した。

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本質的な意味での教養を身につけ、自ら答えを導き出す学生を育てたい

あらためて、なぜ、いま、リベラルアーツが必要なのだろう?「グローバル化は加速しています。社会に出て、欧米各国の名だたる大学出身者と一緒に仕事をすることになれば、はたして日本の学生は対等に切磋琢磨できるのか。私は正直、そういう懸念を抱いています。専門分野では他言語で論文を書いたり、ディスカッションもできる。ところが、そのほかの話題、例えば時事問題や世界情勢、文化や芸術論となると、舌鋒鋭くとはいかない。誰かの受け売りではなく、自分自身で導き出した意見を堂々とアピールできる人材を育てなければなりません」。

三島学長のその言葉は、すでに2030年を見据えている。創立150周年を迎えるその年までに、「理工系総合大学において世界ランキングトップ10入り」を果たす。それが、今回の改革に掲げた最大のミッションである。年10回以上は渡航し、アメリカのみならず、ヨーロッパ、アジアのトップ校と交流を持ち、視察を重ねてきたのは、ひとえに目標達成のため、ひいては学生のためなのだ。「私は留学時代、逆立ちしても敵わないような天才に出会いました。でもそこで、失望してしまったわけではない。一生懸命、自分には何ができるかを考え、可能性を探し続けたんです。学生たちにもそうあってほしい。世相に敏感になり、広い視野を持って、人間の幅を広げてほしい。そのための教養教育です」。

そもそもリベラルアーツとは古代ギリシアにそのルーツを持つ概念である。文法や論理学、音楽など自由(リベラル)であるためにさまざまな技芸(アーツ)を身に付けたことに端を発する。もちろん、21世紀のリベラルアーツは、その幅を拡大しているといっていいだろう。アカデミックかつインダストリアルの両輪の上にリベラルアーツが重なれば、東工大での学びは最強になる。世界屈指の大学となる日は近い。

Profile
三島 良直 Yoshinao Mishima
1973年東京工業大学工学部卒業。
東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了後カリフォルニア大学バークレー校大学院博士課程へ留学し、博士号を取得。修了後はカリフォルニア大学バークレー校材料科学専攻アシスタントリサーチエンジニアを経て、東京工業大学精密工学研究所助手となる。
その後、同大大学院総合理工学研究科材料物理科学専攻教授や同大フロンティア研究機構長、理事・副学長などを経て2012年第19代学長に就任。
生粋の東工大マンとして、母校を世界トップテンに入るリサーチユニバーシティに導くべく改革に取り組む。

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入学者のほとんどが大学院への進学を希望する傾向にあることもあり、教育改革の柱として組織を刷新し、日本の大学では初めて学部と大学院を統一した6学院19系・1専門職学位課程で構成される「学院」を設置。

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学士課程と修士課程、修士課程と博士後期課程の教育カリキュラムを統合。選択できる専門分野の幅が広くなったことで、入学から大学院まで出口を見通すことができるようになり、自らの興味や関心に基づいた多様な選択や調整を可能としている。

Topics

地域にも親しまれる東工大の存在感
通称「チーズケーキ」と呼ばれる附属図書館。キャンパス正門を抜けるとすぐ目に飛び込んでくる斬新なデザインの外観は、東工大の教員により設計された。蔵書量は国内理工系大学の図書館としては、トップクラスの約66万冊。地下に書庫と閲覧スペース、地上2、3階にはガラス張りの採光に恵まれた学習スペースを備える。一般には開放していないが、研究にあたってほかに文献がなく、東工大で収蔵している場合に限るなど条件を満たせば利用が可能。
東工大には国内外から訪れるトップレベルの研究者や学生も多い。ところが、子供を同行させた場合、または、来日後に子供が産まれた場合共に、預けられる学内施設が整備されていなかった。待機児童問題が顕著な昨今、一般学外の施設を当てにもできない。そこで、子育てを理由に教育や研究をあきらめざるを得ない状況を改善するため、2017年4月、「てくてく保育園」が開設された。2015年度から始まった子ども・子育て支援新制度による地域型保育事業の事業所内保育所として、定員の一部は大田区に開放され、地域連携の充実が図られている。

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    大岡山キャンパス附属図書館

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    学内保育所「てくてく保育園」