株式会社サンクゼール 代表取締役社長 久世良三

株式会社サンクゼール 代表取締役社長 久世良三

2017-11-01

『サンクゼール』は『St.Cousair(サンクゼール)』や『久世福商店』などの専門店を全国で展開する食品製造小売企業だ。『サンクゼール』は「カントリーコンフォート」をコンセプトにワインやグロッサリー(一般食品・生活雑貨)などを、『久世福商店』は「ジャパニーズグルメストア」をコンセプトに、全国各地から美味しい物を集めて販売している。両方を合わせた店舗数は120。ここ数年、ショッピングモールや駅直結の複合商業施設での出店を加速しているので、<目にしたり利用したりしたことある人も多いだろう>。

本社は長野県上水内郡飯綱町大字芋川。

大字という地名からも分かるとおり、決して都会ではない。しかし、創業社長の久世良三氏は、この地でのビジネスにこだわっている。

その理由はなんなのか、また、躍進の秘密はどこにあるのか。彼の地を訪ねて話を伺った。

text_Tsukasa Sasabayashi,
photo_Toyohiro Zenita (OWL co.)

ノルマンディーの風景に憧れ日本の田舎で目指したカントリーコンフォート

社名である「サンクゼール」は造語だ。サンはSt.(Saintの略)、クゼールは社長である久世氏の名字をフランス語のように発音したもの。このふたつを組み合わせたという。日本語に訳すと「聖人・久世」といったところだろう。のちに氏は実際にクリスチャンの洗礼を受けることにもなった。その逸話を聞き、穏やかな微笑みを絶やさず、ゆっくりと話す久世氏の佇まいに納得がいった。社員からも「良三さん」と慕われ、包み込むような父性を感じさせる。しかし、社歴が長い社員が「こうみえても、昔は部下を怒鳴り散らす怖い社長だったと聞いています」と教えてくれた。本人も「昔は本当に生意気だった。何度も失敗し、キリスト教にも救われた。お陰で今は謙虚です」と笑う。

サンクゼールの原点は、斑尾高原に開いたペンション。とはいえ、久世氏は東京生まれ東京育ちだ。

「スキーが好きで長野にはよく訪れていました。就職後も食品営業の仕事で長野のスキー場やペンションを回ることが多く、いつか、空気がきれいなこの地で暮らしたいという思いが募っていきました」

願いを叶えたのは25歳のとき。1975年のことだ。オープンして2日後に、後に妻となるまゆみさんが客として訪れる。この出会いがなければ、サンクゼールは生まれない。久世氏は「縁ですね」と振り返る。

「近所の農園から買ってきた規格外のりんごで作っていた妻のジャムが評判になり、斑尾高原農場のブランド名で販売事業を始めました。ペンション開業から4年目のことです」

ジャムは今でもサンクゼールの看板商品。まさに祖業の品である。販売は軌道に乗り、忙しい日々が続く。そんななか、久世夫妻はこれまで行けていなかった新婚旅行も兼ねて、フランスを旅した。2人は、そこで訪れたノルマンディー地方の風景に大きな感銘を受ける。このときの体験が、後にサンクゼールのコンセプト「カントリーコンフォート」(田舎のような心地よさ)が誕生するきっかけとなった。

「ノルマンディーはいわゆる農村地帯。しかし、日本では見たこともない風景でした。りんご畑を自由に歩き回る牛が印象的でしたね。広大な農場のなかに、工場や家があるのにも驚きました。そこには、豊かな農村文化があった。その文化があるからこそ、パリなどの都市が成り立っていることもよく分かりました」

久世氏は、「地方が疲弊すれば国は滅びる。地方と都会は補完関係でなければならない」と考えるようになったという。

「フランスで見た風景を日本でも再現したい。ワイナリーやジャム工場、レストランからなる、田舎の豊かさ、心地よさを楽しめる本物の場所を作りたかった」と久世氏。今で言う6次産業の拠点だが、当時はコンセプトがなかなか受け入れられない。やっと了解してもらったのが三水村、現在の長野県上水内郡飯綱町だ。当時を知る地元民は「駅からの交通の便も悪い。こんなところにつくって、客がくるのだろうかと思った」と語る。しかし今、その場所には本社であり、またサンクゼールの丘として営業している。見晴らしの良い丘の斜面にはぶどう畑。そのぶどうからワインを醸造するワイナリーやジャム工場も併設されている。出来上がったワインは、丘の上にあるレストランで楽しむことが可能だ。取材日は平日にも関わらず、すでに予約だけで満席になっていた。本物を求める客は、“こんなところ”まで足を運ぶのだ。

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サンクゼールには約10haのワイン用ぶどう畑があり、白ワイン用にはシャルドネ、リースリング、赤ワイン用にはピノノワール、メルロー、カベルネソーヴィニヨン、カベルネフランなどを栽培している。ジャムは砂糖不使用のオールフルーツジャム。砂糖の代わりに果汁で甘みを調えている。発売から15年以上経った今でも、サンクゼールを代表するロングセラー商品だ。

サンクゼールには約10haのワイン用ぶどう畑があり、白ワイン用にはシャルドネ、リースリング、赤ワイン用にはピノノワール、メルロー、カベルネソーヴィニヨン、カベルネフランなどを栽培している。
ジャムは砂糖不使用のオールフルーツジャム。砂糖の代わりに果汁で甘みを調えている。発売から15年以上経った今でも、サンクゼールを代表するロングセラー商品だ。

サンクゼール歴史は失敗の歴史。だからこそ多くことを学べた

しかし、常に順風満帆だったわけではない。久世氏は「今でこそご愛顧を頂いていますが、正直、厳しい時期もありました。私は、ジャム作りから始まった最初の10年を第一期、飯綱町でのワイナリーや工場の建設を第二期と捉えています。初期投資が大きかったこともあり、この時期までは苦労の連続、失敗もたくさんしました」と当時を振り返る。銀行への返済が滞り、キリスト教に救いを求めたのもこの時期だという。

なぜ、そんな辛い時期を乗り越えることができたのか。そう尋ねると「ブレなかったからでしょう」と答えてくれた。

「私には信念がありました。それは、本物であれば必ず認められるということ。ノルマンディーで見た本物のカントリーコンフォートを日本でも再現したい。そこだけは、どんなに辛くてもブレませんでした」

時代は久世氏の考えに追いついた。都市化が進み、また、ITにより世の中が高度化し、複雑化するなか、リアルな農村文化とそこから生み出される手作りの製品は、多くの人に受け入れられるようになった。直営店も徐々に増えていく。サンクゼール第三期の始まりだ。自ら育てた原料を自社工場で製造、直営店で販売する製造小売業となり、ジャムはもちろん、パスタソースやワインなど600を超える商品を生み出す。そのなかには、モンドセレクション金賞を受賞したものも少なくない。そして、2013年12月には、更なる躍進へとつながる、「久世福商店」が設立される。

「事業が軌道に乗り、海外でのジャムやパスタソースの販売も増えてきました。すると、出張先で日本の食文化について尋ねられることが増えてきたのです。年齢時に、日本人として伝統文化に関心を持つようになっていたこともあり、改めて日本の食文化を掘り起こしてみようと思いました」

そこで誕生したのが、日本各地の銘品を取りそろえたセレクトショップ、久世福商店だ。日本の地方を元気にしたいという思いを込めて生み出した新業態は、予想以上の成功を収める。一号店からわずか3年半で、店舗は50以上に増えた。サンクゼールも、その勢いに引き上げられるように、出店を加速する。今年は、メディアでも大きな話題になったGINZA SIXへの出店も果たしている。

「久世福商店への取り組みによって、各地の様々なメーカーさんとのつながりができました。結果として、魅力的な商品開発へとつながり、サンクゼールの価値も向上したと思っています」と久世社長。今年は、自社ワイナリーで醸造したワインが「チャレンジ・インターナショナル・デュ・ヴァン2017」で金賞も受賞した。

「ワイン事業を始めたのは約27年前。大変苦労した事業で、失敗も多かった。だからこそ、この金賞は積み重ねた努力が評価されたようで、歓びもひとしおでした」

久世氏の話には「失敗」というキーワードが多く出てくる。しかし、そこに悲壮感はない。むしろ、「サンクゼールの歴史は失敗の歴史で、だからこそ多くことを学べた」と考える。

「社員にも一生懸命やった上での失敗は責任を問わないといっています。責任をとるのは私の仕事だから、社員には積極的に発言、提案、行動をしてもらう。安心して失敗して欲しい」

その社風は、チャレンジ精神へとつながる。今も、りんごを使った蒸留酒を製造したり、ワイン製造後のぶどうの搾汁後果実を活用した化粧品素材を研究したりと、新たな挑戦が続いている。そんななか、サンクゼール第四期への布石となる大きな挑戦が海外進出だ。進出先はアメリカ、オレゴン州。現地の果実加工会社の工場を買収し、生産拠点を設けた。今後は、アメリカ流通大手などの販売網を利用しながら、米国市場にも進出するという。

「グローバル化が進めば、地方の価値はさらに向上するでしょう。海外の企業は、東京に本社があるからといって、無条件に信用してくれません。重要なのは、我々の人柄や考え方。逆に言えば、東京に会社がなくても、十分取引はできます。そもそも、アメリカの場合、日本の東京一極集中にあたる事例はない。地方が誇りを持って自立しています。先日、オレゴン州知事が来日されましたが、地方と地方ということで交流を深めました。私たちの進出が、オレゴン州と長野県との交流の一助になると嬉しいです」

第一期、第二期、第三期と、常になにかしらの試練が襲ってきたサンクゼール。第四期に入ったこれからも、大きな困難が待ち受けるかもしれない。最後に、少し意地悪だがそう水を向けてみた。久世氏は、相変わらず穏やかに「あるかもしれませんね」と笑う。

「逆にこの歳になると、ピンチはチャンスと思えるようになりました。ピンチを乗り越えることで、貴重なノウハウが貯まっていく。もちろん、困難の渦中にいるときは、絶望することも沢山ありますけどね」

現在、オレゴンの現地法人社長は次男の直樹氏が務める。久世氏は彼に「今の苦労は、将来必ず宝物になる。大変でも前向きにやりましょう」と伝えているという。きっと、サンクゼールはアメリカでも果敢にチャレンジを行い、その都度、困難に直面するのだろう。そして、そこから糧を得て、さらなる成長を遂げるはずだ。遠くない将来、日本初の「カントリーコンフォート」が、世界に届けられるかもしれない。

Profile
久世 良三 Ryozo Kuze
1950年生まれ。慶応大学経済学部卒。
学生時代はスキー部の部長を務める。
卒業後、ダイエーに入社、その後、父の会社を経て1975年に斑尾高原でペンション経営を開始。
1982年、斑尾高原農場を設立、社長就任。ジャムの委託製造販売を始める。
1987年、長野県上水内郡三水村(現・飯綱町)に本社を設立。ワイン畑や工場を備えた、また全国各地に直営店を構えることで、原料生産から製造、販売まで一貫するSPA(製造小売)体制を確立した。
2005年に社名を株式会社サンクゼールに変更。同社代表取締役社長を務める。

Company Profile
創業 1979年6月1日
設立 1982年6月1日
資本金 100,000,000円
従業員数 716名(2016年12月現在)
事業内容 ジャム・ワイン、その他食品の製造販売 ワイナリー、レストラン、売店等の直営及びフランチャイズ展開
展開ブランド:St.Cousair、サンクゼール、久世福商店

サンクゼールの丘にはショップやデリカデッセン、ワイナリーレストラン、ジャム工場、ワイナリーなどがあり、毎年約15万人が訪れる。また、チャペルでは年間50組ほどが挙式し、永遠の愛を誓っている。

サンクゼールの丘にはショップやデリカデッセン、ワイナリーレストラン、ジャム工場、ワイナリーなどがあり、毎年約15万人が訪れる。また、チャペルでは年間50組ほどが挙式し、永遠の愛を誓っている。

美味しいワインに合うおつまみとして、生ハムやソーセージ、チーズなども販売。ソーセージは本場ドイツで数ヶ月の修行を積んで製造をスタートさせた。

美味しいワインに合うおつまみとして、生ハムやソーセージ、チーズなども販売。ソーセージは本場ドイツで数ヶ月の修行を積んで製造をスタートさせた。

Topics

オレゴンに拠点を構えて米国市場への進出を狙う
成長を遂げるサンクゼール。店舗の急拡大による需要拡大で、長野県飯綱町の本社工場の生産能力は限界に達しつつあった。そこで、アメリカ、西海岸への進出を検討。カリフォルニア州、ワシントン州、オレゴン州などを綿密に調査した結果、オレゴン州に決定したという。長野同様の豊かな自然環境や、そこで作られる豊富かつ良質な農産物、安全で良質な水源、適切な税金、教育された人材、安価な水道光熱費、日本への製品輸出の容易さなどが決め手となった。現地企業であるベリーノワール社から3.6万坪の農地とコンポート、ジャム、ジュース、業務用ドレッシングなどの加工工場を買収し取引先とともに従業員も引き継いでいる。今後は、米流通大手などの販売網を通じて米国市場に進出する計画を促進。日本への輸出はすでに始まっており、「飲むお酢」がサンクゼールや久世福商店の店頭に並んでいる。オーガニック素材で作られたものや、果実の素材だけで作られたものなど、果物の豊かな香りや甘さをたっぷり含んだ味わいが好評を博しているそうだ。

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