心もカラダも喜ぶオレゴンへ

オリンピックイヤーの翌年となる2021年に、アメリカのオレゴン州では世界陸上競技選手権大会が開催される。

「ランニング競技の聖地」としてのオレゴン州の魅力を、ポートランドとユージーンという2つの街で探してきた。

 

陸上大国として知られるアメリカだが、意外なことに今までこの地では、近年2年おきに開催される「世界陸上」が行われたことがない。そして東京五輪の翌年となる2021年、ついにアメリカ初となる第18回世界陸上が、全米の陸上界の聖地と呼ばれるオレゴンの、ユージーン・ヘイワード・フィールドで開催されることになっている。

今回の取材ではお会いした方々に「なぜオレゴンはアメリカの陸上の聖地となったのか?」を常に質問したのだが、返ってくる答はひとつではなく、人それぞれユニークな視点をもったものだった。

ひとつ確かなことは、ユージーンを中心とするオレゴンには、優れた陸上関係者を数多く輩出した実績がある。戦後、オレゴン大学のコーチを務めたビル・バウワーマンは数多くの名陸上選手を育てただけでなく、健康維持のエクササイズとしての「ジョギング」を著書によってアメリカに広く普及させた。科学的にランニングを学ぶ姿勢を持ったバウワーマンは、陸上選手だったフィル・ナイトとともに「ナイキ」を創設。ランニングの何たるかを知る者たちが作る、ランナーのためのシューズであるナイキ製品は、1970年代に急速にランナーの間に普及していくことになったのは多くの人の知るところだ。

バウワーマンがスカウトしたランナーのひとりに「プリ」ことスティーブ・プリフォンテーンという選手がいた。オレゴン州南部の海辺の町、クースベイに住んでいたプリは高校時代からその活躍ぶりが注目されており、将来を嘱望されてオレゴン大学に入学することになる。そしてプリは多くの全米記録を塗り替え、一躍時の人となったのである。

当時アメリカでは陸上の人気は決して高くなかったが、見る者に感動を与えるプリの走りは、ランニングはクールなスポーツという認識を広めることに貢献した。残念ながら24歳という若さでプリは事故で逝去するが、今も彼の活躍を懐かしむ声は、絶えることはない。

多くの優れた陸上界の人たちがいて、彼らを応援し地元の誇りに思う人たちが彼の地にはいる。そんな人々のランニングへの愛情の蓄積が、ユージーンを中心としたオレゴンの評価を、ランニングの聖地と呼ばれるまでに育て上げたのかもしれない。

Steve Prefontaine

没後40年を過ぎた今も、多くの人はスティーブ・プリフォンテーンの熱い走りを忘れはしない。

 

Access

日本からポートランドまでのアクセス:成田国際空港からポートランド国際空港まで直行便で約9時間半。

 

Interview 走ることを愛する人々の声

“トラック・タウン”という異名を持つユージーンには、数多くの陸上競技や、トレイルランを楽しめるコースが存在している。

この街に住む陸上界のVIPたちに、彼の地の魅力などをうかがってみた。

 

Tom Jordan トム・ジョーダン

“プリズ・トレイル”は皆さんに走ってほしいね

ふたりの兄の後を追うように、若き日はランニングに熱中したトムさんは、その後陸上雑誌の記者として活躍することになる。そんな彼には、「プリ」ことS・プリフォンテーンの伝記の著者としての顔もある。

「彼はアメリカでベストなランナーだった。圧倒的な走り、長髪にヒゲのクールなルックス、そして苦境にも負けない強い意志。みんな彼に影響された」。

今は、そんな名選手の名を冠した、世界的な陸上の大会「プリフォンテーン・クラシック」を運営するひとりでもあるトムさん。毎回大会のポスターにプリのカラー写真を使うのが彼のこだわりだが、プリの現役時代は白黒写真が主流だった時期ゆえ、写真探しにいつも苦労すると笑う。

「ユージーンと、その近隣のスプリングフィールドには、数多くのトラックがあるけど、観光客としてこのエリアに来る方には、ぜひプリズ・トレイルを走ってほしいですね。プリがかつてスカンジナビアを走ったときの環境をユージーンに再現したコースで、彼に敬意を表して名付けられたコースなのです。川の景色も美しくて、写真撮影を楽しむにもとてもいい場所です」。

Profile

ユージーンのトラック・コミュニティーの中心人物のひとり。ダイヤモンドリーグの一戦でもある国際陸上競技大会、”プリフォンテーン・クラシック”のディレクターを、長年にわたり務めている。

 

Vin Lananna ヴィン・ラナナ

2021年の世界陸上の成功に専念する名コーチ

スタンフォード大学とオレゴン大学でコーチとして活躍し、2016年にはリオ五輪代表チームのコーチを務めたヴィンさんは、全米トラック・フィールド・クロスカントリー・コーチ協会の殿堂入りを果たしている斯界の名士だ。現在はオレゴン大学でのアシスタント・アスレチック・ディレクターを務めるほか、陸上競技のイベント開催や選手の支援環境整備を目的とするNPO団体、「トラックタウンUSA」の代表を務めている。「今は2021年の世界陸上を成功させることだけに集中している。それ以外のことは考えていないね。オレゴンは陸上界にとっても特別な地だから、アメリカで初開催されることになるこの大会で、多くのビジターのためにベストを尽くしたい。

自分がランニングに魅了された理由かい? 走ることとか跳躍するとか、ランニングにはすべてのスポーツの基本があるからさ。有難いことに今、人には名コーチと褒められるけど、私は今も毎日ランニングについての勉強を欠かさない。とてもシンプルな競技である、ランニングを学ぶことにいつもハングリーなんだ。自分のエクササイズとしても、毎日1時間ひとりで走っているよ」。

Profile

陸上選手として活躍後、1975年からコーチに転向。スタンフォード大学やオレゴン大学などで実績を積み上げる。現在はオレゴン大学のアシスタント・アスレチック・ディレクターを務めている。

 

Andy Hailey アンディ・ヒーリー

ユージーン・マラソンは”家族の行事”?

ユージーン・マラソンは2007年の初開催以来、年毎に人気を高めていっているイベントである。アンディさんは、同大会の創設者でオーガーナイザーを務める人物だ。

「僕がボストンマラソンを完走したとき、こういう素晴らしい大会をユージーンでもできないか? と考えたんだ。そしてマラソン好きの叔父に電話で相談して、実践することを決めた。叔父と妻、そして友人ら5人ほどのスタッフで初開催したのだけど、まるでファミリーフェア(家族行事)みたいだった」。

今では6000人をゲストに迎え、オリンピックの選考大会にもなった同大会だが、依然アンディさんの家族を主要スタッフとする、アット・ホームな運営体制には変わりはないそうだ。

「この街の人はランナーに優しく、誰もが沿道から参加者を応援してくれる。あと、子供達には景品のパンケーキ、大人たちはゴールエリアにあるビール販売スタンドで、完走後に飲む一杯がモチベーションになっているね(笑)。バンドの演奏も行われていて、この大会はコミュニティのイベントになっているのさ」。

Profile

P毎年4月の最終日曜日に開催される、ユージーン・マラソンのオーガナイザー。自身がボストン・マラソンで完走したときの感動が、このユージーン・マラソン創設の動機となったという。

奥様はマラソンに出走したが、アンディさんは運営で走れなかったとのこと。息子のワイアット君も将来は運営スタッフのひとりになるかもしれない?