世界中のハイカーたちが憧れる道、ジョン・ミューア・トレイル。自然保護という概念がなかった19世紀後半にその重要性に気づき、地道な研究と活動を続けた偉人の名を持つ聖地だ。
3,000メートル級の峠を越えながら歩く絶景の旅をレポートする。

text and photo Shintaro_Makino


山歩き、ソロキャンプなど、自然の中で過ごすアクティビティが日本でもすっかり定着した。そのなかで、近年、注目を集めているのが、「ロングトレイル」だ。

ロングトレイルは自然の中を歩く旅。国内では、長野県と新潟県を跨ぐ信州トレイル、和歌山の深い森に囲まれる熊野古道などがその代表だ。登山に比べると危険度やストレスが低く、自然と同化できるのが最大の魅力といえる。

世界に目を転じれば、自然愛好家たちが憧れるロングトレイルが多くある。しかし、ひときわ輝く存在といえば、カリフォルニア州のシエラネバダ山脈を南北に走るジョン・ミューア・トレイル(JMT)の右に出るものはないだろう。

ヨセミテ国立公園から、アラスカを除く北米大陸最高峰、ホイットニー山(4348メートル)山頂に至るルートは337・6キロ。途中に3000メートル級の峠を10回超えるスケールの大きさは、信州トレイルの総延長80キロ、最高標高1382メートルと比べても桁違いだ。

しかも、目の前に次々と現れる湖、滝、クリーク(小川)、メドウ(草原)、原生林は息を飲む美しさだ。世界中のハイカーがJMTに憧れるのも当然といえる。

次々と目の前に現れる手つかずの大自然

3226メートルのシルバー・パスからの風景。ハイシエラ特有の湖の連なりが美しい。峠の上では、南を目指すハイカーと北を目指すハイカーが情報を交換し合う。ヨセミテまでは、あと130キロ。

しかし、JMT踏破は生易しくはない。まず、山小屋などの施設は一切ない。したがって、食料はすべて担いでいく。もちろん、全行程がテント泊。携帯電話の電波も届かない。健脚を誇るハイカーでも踏破には3週間はかかる。ギブアップしようにも、町に降りる道は少ない……。

無数の湖や川ではフィッシングを楽しめる。写真左はスプーンで釣れたゴールデン・トラウト。
トレイルに出てきた鹿の親子。鹿との遭遇率は高い。
ハイシエラは、毎日、天候に恵まれる。清々しい空気の中、次の峠に向かう。

ようするに、相当の覚悟がないとJMTのステージに立つことは許されない。逆にいえば、覚悟を決めた者だけに、世界一の絶景に身を委ねる特権が与えられるのだ。


人生と向き合う337.6キロのストイックな旅

今回はホイットニー山からヨセミテを目指す北行きルートを選択した。いきなり試練のホイットニー登頂。山頂への道は、ゴツゴツとした岩場を縫って登り続ける長いトレイルだ。

早朝の柔らかい光の中を歩くハイカー。トレイル上には次々と湖やクリークが現れるため水の補給に困ることはない。日が高くなってくると気温が上がり、軽装でも歩けるようになる。

ハイカーは、70代のベテランから若い女性まで、さまざま。驚いたのは、彼らの多くが単独でチャレンジしていることだ。助けを求めたい場面はいくつも想定できる。一人で歩く危険や心細さはないのだろうか?

その疑問は、自分が山行を続けるうちに氷解した。小さなテントを張り、質素な食事を作る。凍える星空と向かい合い、凛と冷えた早朝に歩き出す。そのストイックな行為を繰り返すうちに、見えてくるものがあった。そして、孤独であればあるほど行為と感覚は研ぎ澄まされる……。

4348メートルの絶景から始まったロングトレイルは、驚きと感動の連続だった。よく「手つかずの大自然」という言い方をするが、本物を見たければJMTに立つことをお勧めする。

自然保護の父、ジョン・ミューアがハイシエラを放浪した1873年から約150年が経っている。もちろん、当時と比べれば、変化は決して小さくないだろう。しかし、ジョン・ミューアを奮い立たせた感動は、細い道を行く現代のハイカーにしっかりと伝えられているのだった。

今日のキャンプサイトは、静かな湖のほとり(上)。
基本的には、どこにテントを張ってもいい規則になっている。
ホイットニー山のピーク周辺(下)。
荒々しい山脈がハイカーの前に立ちはだかる。

十分な準備をすれば、だれでも世界一の景観を楽しめる。

ハイシエラのハイキングは7~10月がオンシーズン。JMTはいわばメインロードで、近辺にはそれ以外のトレイルが張り巡らされている。1週間程度の旅程でも十分にダイナミックな景観を楽しめる。

食料はベアキャニスター(熊よけ)に入れるという規則がある。持っていない場合はレンタルも可能だ。

ベアキャニスターに入る食料は1週間分が限度。旅程がそれ以上になる場合は、トレイル近くの牧場、または近隣の町の郵便局に事前に食料を郵送しておく。また、馬でトレイル上のポイントまで運んでくれるサービスもある。

物資運搬の主役は馬。食料をステーションに送っておいて、トレイルまで運んでもらうサービスも受けることができる。左上に見えるのがベアキャニスター。におい漏れを防いで、熊が来ないようにする。そのほかの装備は、薬類、衣類、釣竿、テント、寝袋、マット、アルコール燃料など。使い捨てカイロは重宝した。トレイル上の牧場が郵送した食料を預かっておいてくれる。写真は、ミューア・トレイル・ランチ。ロッジもあるので、たまにベッドで寝たい人は利用するといい。要予約。このような牧場がルート上に3カ所ある。

JMTに入るためのパーミット(許可証)は入山日の6カ月前に申請する。パーミット取得、トレイルヘッドまでの交通手段、ツアー企画などは、現地の旅行会社に問い合わせるのが便利。日本語で対応してくれる。


問い合わせ:アウトドア・ツアーズUSA
outdoortoursusa.com


聖地と呼ばれる道、ジョン・ミューア・トレイルとは?

ジョン・ミューアは19世紀後半、ヨセミテに住み、独自の調査で自然保護の重要性を訴えた。ヨセミテ・バレーが地殻変動ではなく、氷河の移動によって削られてできたことを明らかにした研究が有名だ。

JMTは、彼の功績を讃えて建設されたトレイル。1915年に整備が始まり、1938年に完

成している。

ルート上にはヨセミテ、キングス・キャニオン、セコイアの3つの国立公園のほか、森林保護区などがある。

John Muir ジョン・ミューア(1838-1914)

ウイスコンシン大学で植物学、地質学を学んだ後、調査をしながらアメリカを放浪。1868年にヨセミテに入り、開発による自然破壊を阻止する活動に半生を捧げた。1892年に世界初の自然保護団体シエラクラブを設立。