小学校時代の図画工作やビジネスシーンでの封書作成など、誰もが一度はお世話になったことがあるであろう『アラビックヤマト』。
オレンジ色のキャップの液体のりと言えば、ピンとくるかもしれない。
最近では液体のりの主成分、白血病やガン治療に期待というニュースが、大きな話題になった。
そのアラビックヤマトを販売するのが、創業121年の老舗『ヤマト』だ。
実は、のりだけに留まらず、
“接着する”をテーマにさまざまな事業を営む。

現在のトップは4代目となる長谷川豊氏。
家業であるヤマトを継ぐ前は、アメリカの大手プライベートバンクで金融に携わった
ビジネスエリートだ。
就任して20年、ゆっくりと、しかし着実に老舗であるヤマトを変革していった。
老舗の名に甘んじない新規ビジネスの創出や組織改革をどう生み出したのか。
長谷川社長に話を聞いた。

Profile

Yutaka Hasegawa

1958年東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、ニューヨークペース大学経営学へ。
修士卒業後、アメリカのプライベートバンク「ブラウン・ブラザーズ・ハリマン・アンド・カンパニー」に入社。ニュー
ヨーク本社を経て東京駐在員事務所に勤務。2000年にヤマト株式会社4代目代表取締役社長に就任。就任以
来、胸に留めている言葉が二つある。ひとつは、プライベートバンク時代の
上司からかけられた「気になることは1日考えてあくる日に答えをだしなさい」。
企業トップが発言する影響力を常に意識して、一時的な感情等で対応しないように努めている。
そして、大学時代の恩師の言葉「 アンテナは高く、腰は低く」だ。
時代の流れや情報を逃さぬよう感度を高くしつつ、自分の置かれた立場に甘んじないよう、気を引き締める。


扱う製品はのりだけじゃない。
自動車から原子力産業まで、
接着テクノロジーを提供。

液体のり”でガン治療の効果向上!?。年も明けた1月下旬、そんな報道が世間を賑わせた。東工大の発表によると、液体のりの主成分であるポリビニルアルコール(PVA)と放射線治療に使う薬剤を混ぜると、治療効率が大幅に向上する可能性があるという。そして、昨年5月にも、東京大学を中心とした研究チームによる液体のりの同主成分を使った白血病研究が話題になった。実際、市販の液体のりを培養液に使用したところ、マウスの造血幹細胞が増加したのだ。このときPVAが安価で入手も容易という理由から使われたのが、ヤマトの主力商品『アラビックヤマト』である。
「新しい可能性に本当に驚いています。反響は大きく、問い合わせが急増。スーツの胸元に付けているアラビックヤマトのピンバッチを見かけた人から、街中で話しかけられたりもしました」と長谷川豊社長は語る。確かに日本人なら、誰しもお世話になったことがあるなじみ深い定番商品だ。それだけに、ヤマトの事業内容を知ると、その意外性に驚くだろう。「現在は、3つの事業を柱に据えています」と長谷川社長。ひとつは、文具事務用品の製造・販売。ふたつ目は、粘着技術を活かしたインダストリー事業。そして、ホビークラフト製品の製造・販売だ。

文具事務用品の製造・販売では、なんといってものりがお馴染み。図画工作で使うでんぷんのりは、幼稚園や小学校で学童用品として採用されている。長谷川社長は「一見、進化していないように見えるかもしれませんが、アレルギーなどを考慮して、でんぷんの原料を現在はタピオカでんぷんに変えたりしています」と教えてくれた。
前述の『アラビックヤマト』は、1975年に誕生したロングセラー。この登場がターニングポイントのひとつだったと長谷川社長は語る。「特殊スポンジキャップの開発で、手を汚さずに均一で滑らかな塗布を実現。ただ、当時の液状のりが80円~100円のところ、150円で販売。
なかなか受け入れられず苦労したようです。潮目が変わったのは、サンプリング。商品の良さをお客様に訴求。そこから爆発的にヒットしました」
今なお事務用液状のりではシェア国内ナンバー1。最近では、塗布した個所に蛍光色が付き乾いたら消える『色消えタイプ』を開発したという。液体のりも、変わっていないようで、進化を続けているのだ。

文具事務用品は、製品を進化させるだけでなく、ターゲットも変わってきた。そのきっかけが、リーマンショックだ。もともと、企業や官公庁に向けた事務用品が主流だったが、リーマンショック以降の経費削減による需要減に悩まされたという。「学校の需要も少子化で大きな成長望めません。そこで開拓したのが、個人向けパーソナル文具です」のりひとつとっても。内容量も少ないものから多いものまで揃える他デザイン性や機能性にも対応。少品種多ロットから多品種小ロットに転換していった。その過程で、新しい商品にも挑戦している。売れ筋は付箋だ。5mm方眼のミシン目入りで必要なサイズにカットできる『CHIGIRU』は、発売当初メーカー在庫が切れるほど好評を得た。
また、ロール状の付箋は業界に先駆けて発売。好きな長さに自由にカットできる『テープノフセン』は、2017年度の「グッドデザイン賞・ベスト100」に選ばれ、さらに特別賞「ものづくり」でも受賞。「これらのアイデアは、商品企画部だけでなく、社内公募から生まれることもあります。しかし、アイデアの種は同じ。それは、販売店舗で行う営業のヒアリング、お客様相談室へのご意見、SNSで呟かれるお客様のお言葉等です。これに、国内市場の動きや少子高齢化といった社会動向、持続可能な世界という大きな流れなどを組み合わせながら、新商品を開発しています。本音を言えば、数を追い求めるなら新商品はもっと出せます。ただ、お客様の安全や安心、使いやすさを前提にすると、変なものは出せない。極端な話、僕がGoを出してもダメだと言われることがある(笑)」
長谷川社長は笑いながら語るが、そこには121年の歴史が持つ矜恃が感じられた。

ふたつ目の柱は、粘着技術を活かしたインダストリー事業。BtoBなので一般にはあまり知られていないが、その歴史は古い。ヤマトは1960年にアメリカの化学素材メーカーで有名な『3M社』と「スコッチテープ」の日本における販売について業務提携を結んでいる。その後、ディストリビューターとして『3M』の工業用テープなどを取り扱う工業用部門(現インダストリー事業部)を設立した。
「今では、自動車・エレクトロニクス・製紙・原子力とったさまざまな産業に接着テクノロジーを提供しています」と長谷川社長。自動車では塗装工程で使うマスキングテープや内外装のフィルム材。原子力では定期点検作業や除染作業中の汚染を未然に防ぐための特殊粘着テープ、特殊フィルムなどを提供している。

最後の柱は、ホビークラフト製品の製造・販売だ。「一代一創(起)業」の精神が受け継がれているヤマト。先代がインダストリー部門を起ち上げたように、長谷川社長はホビーの可能性に目を付けた。今では、売上げの約1割を占めるまで成長したホビークラフト事業の誕生だ。「最初の商品で定番に成長したのが、のりと絵の具が合体した『グラスデコ』。乾くとステンドグラスに似たカラフルで透明感のあるシールになり、窓ガラスや鏡、ガラス容器などに貼ってはがせます。接着から派生した製品です」しかし、のりを活用しているとはいえ、これまでヤマトが未経験の分野。社員も戸惑いや抵抗があったという。
「基本的に文具は説明をしなくてもわかる。しかし、『グラスデコ』は使い方や楽しさを分かってもらわなくてはいけません。最初は皆、その伝え方に苦しんでいるようでした」ヒントは『アラビックヤマト』にあった。使って頂くことで、その良さを伝えたのだ。長谷川社長は、「デパートはもちろん、ワインショップでボトルにデコレーションしたりデモを重ねた。最初は僕と女性の担当者、二人で回って新規の販路を開拓しましたよ」と当時を振り返る。決して強権的に進めず、戸惑う社員とは話し合って理解を求めたという。

 


先代の後を継ぎ就任した長谷川社長。家業であるヤマトを継ぐ前は、アメリカの大手プライベートバンクで金融に携わったビジネスエリートだ。しかし、ヤマトでの出発は全く順風満帆ではなかった。
「最初は、お客様のところにいっても話すのは全部、番頭みたいな社員がで話をはさめなかった。文具業界の常識を知らず、アメリカでビジネスをしていた僕の考えはなかなか伝わらず、業界からは宇宙人なんて言われていました」
前職では、億単位の金額と向き合っていた長谷川社長。最初は、何十円、何十選という感覚にも慣れなかった
という。しかし、何より戸惑ったのは、その考え方だ。
「文具は重いから営業に女性は雇わないとか役職ではなく年功序列重視だったり。ヤマトはファミリー企業でとても家族的。社員も大事にします。良い部分も沢山あったのですが、変えるべき部分も多かったですね」戸惑っていたのは、社員も同じだった。そこで、まずは風通しを良くして、情報が直接届くようにボトムアップ型の組織を意識したという。
「オフィスはオープンスペースに変更。社員なら私に直接メールができます。地下にも、終業後にお酒を飲みながらコミュニケーションが取れるラウンジを作りました。もともとある習慣は簡単にかわりません。本当に少しずつ進めていきました」
徐々にではあるが、人材や組織の改革も進めた。外資でのビジネス経験を活かし、女性の力を活用したり、成果主義を取り入れたりした。気づけば、社長就任から20年が経った。それでも、道まだ半ばだと感じている。先代である父親は、トップを50年つとめた。それに比べれば、20 年はまだまだなのかも知れない。「これから、もっと大胆なことにもチャレンジしたいと考えています。そのためにも、これからは、コラボレーションとイノベーションが重要。文具業界だけでなく、異業種との付き合いを活発化させていきたいですね。ユニークなところでは、おもちゃクリエーター高橋晋平氏と一緒に『気泡割り専用アラビックヤマト』を作りました。これは、液状のりの中の気泡を動かす遊びを再現したもの。人気のASMR(聴覚や視覚、触覚への刺激によって感じる心地よい反応)にもつながり、新たなニーズが生まれるかもしれません。ほかには、お札などを数えるときの滑り止めを応用して、ダーツ向けのすべり止めなどをOEMで協力しています」ヤマトの企業理念は、〈~ひとつの物を他の物とくっつける~それは単に1プラス1を2にするのではなく、今までになかった新しい価値を見出すこと〉。まさに、その企業理念に沿いながら成長を見据える長谷川社長。
「これから何をしますか?」と尋ねられたときに、必ず答えていることがあるという。
「お見合い会社と言っています(笑)。人と人を接着、くっつけて、幸せにしたい。そういった意味では、飲食だっていいんです。そういった人同士の接着剤になりたいですね。121年続いたのは、絶えず時代の変化に合わせてきたから。これからも、接着(くっつく)という事業からぶれず、本業に徹しつつ時代を先見して変化していきます」

モノを接着するだけなく、
人と人をくっつけて幸せにしたい。

 


Topics

自動車メーカーと共に
1980年代から海外進出

エレクトロニクス・製紙・原子力とったさまざまな産業と取引があるインダストリー事業部。なかでも、最もシェ
アが大きいのが自動車だ。内装材への加飾技術や、ブラックアウトフィルム、 ボディ・バンパー塗装マスキングシステムなどに接着の技術が活用されている。「自動運転の時代になっても、内装の加飾や外装塗装は必要ですからね」と長谷川社長は将来を見据える。
海外拠点は、世界各国に存在。始まりは、1980年代、日本の自動車メーカーが海外生産に舵を切った際、それに伴い進出した。1986年には、米国ミシガンにYAMATO INTERNATIONAL CORP.を設立。自動車産業の本場、デトロイトに構えた。長谷川社長が就任してからは、トルコやメキシコなどに工場を設立し、さらに海外展開を加速させた。「実は、海外拠点はもう少し多かったのです、戦略的に整理・統合しています。例えば、東南アジアではシンガポールをクローズしてタイに集約。アラビックヤマトの生産や自動車、エレクトロニクスの加工を担います。また、欧州ではベルギーをクローズして、欧州の玄関口であるトルコに集約しました」と長谷川社長。これからも、世界各地の拠点からさまざまな製品を提供し続ける。

 

Company Profile

創業 1899年( 明治32年 ) 8月14 日
資本金 ¥50,000,000
拠点 国内9、海外4
主な事業内容 文具事務用品の製造・販
売(主なブランド:アラビックヤマト、ヤマ
ト糊、他)/ホビークラフト製品の製造・
販売(グラスデコ、ペーパークイリング、カ
ラリックス シルキーツイスター他)/フェ
ローズ社製品の販売/ 工業用粘着テー
プ、及び工業材料の加工・製造・販売/
粘着技術を活かした